街頭の似顔絵から一杯のコーヒーへ:楊灝澄が「愛され、見られること」を見知らぬ人に届ける物語









Credit: IG/@cutesoulzzz
要約
- •見知らぬ人がくれた小さなやさしさを街頭の似顔絵に変え、立ち仕事で街に見過ごされがちな人をあえて選び、「見られている」という感覚を返していく
- •最初の一枚は四時間ためらってからやっと手渡し、返ってきたのは涙ぐんだ「ありがとう」。一枚の絵は人が最も無防備なときにやさしさを差し出せると、Cherry はそう信じるようになった
- •街頭の似顔絵から癒しのブランド Cute Soulz、そして銅鑼灣 Wooo Coffee の一杯のコーヒーへ。小さなひまわりで内なる子どもを象徴し、こう伝える。あなたは愛され、見られる価値がある
7月の香港、一杯のコーヒーの上に、小さなひまわりが一輪咲いた。
それが現れたのは、香港コーズウェイベイの Wooo Coffee。コースターには「あなたは愛され、見つめられている」と書かれ、壁にはローカルクリエイティブブランド Cute Soulz の作品やキーホルダーが飾られている。慌ただしい街のリズムの中に、そっと立ち止まれる場所を残しているようだった。
楊灝澄 Cherry Yeung にとって、この Cute Soulz のコーヒーは、ただのブランドコラボではない。
それがテーブルの上に現れる前、Cute Soulz はかつて一枚のストリートスケッチだった。勇気を振り絞って見知らぬ人に手渡した、ひとつの想いであり、彼女自身がかつて、誰かに言ってほしかった一言でもあった。
Cute Soulz は小さなひまわりのようであり、誰の心の中にもいる、つい見過ごされがちな内なる子どものようでもある。それが伝えたいことはとてもシンプルだ。あなたが今どんな状況にいても、あなたの価値は、成績や仕事、他人のまなざし、あるいは人生のたった一度のつまずきで変わったりしない。
でも、その言葉を誰かに贈る前、Cherry 自身も、誰かにそう言ってほしくてたまらなかった。

かつて、自分は失敗者だと思っていた
5年前の Cherry は、自分が夢に向かって進んでいるとは、まったく思えなかった。
香港中学文憑試(DSE)で一科目つまずき、志望していた大学に入れなかった。前に続く道が、突然閉ざされたように感じた。絵を描くのは好きだったけれど、現実や世間のまなざしの中で、絵を描くことはただの趣味だと言われがちで、仕事ではないし、ましてや安定した人生の道でもないとされていた。
その後、家族は貯金を切り崩して、彼女をオーストラリアへ建築を学びに送り出した。彼女は懸命に勉強し、新しい生活にも一生懸命なじもうとした。でも心の奥には、とても深い劣等感が残っていた。自分の価値が見つけられず、自分には愛される値打ちなんて何もない、と思っていた時期もあった。
その頃の彼女は、まるでずっと遠くから、自分のことを眺めているようだった。
たしかに存在しているのに、誰にも本当には見つめてもらえていない、と感じていた。
だからこそ、あんなに見つめてほしいと願っていたからこそ、後になって見知らぬ人からもらった小さなやさしさが、彼女の心にあれほど深く刻まれたのだ。
見知らぬ人のやさしさが、自分の存在をもう一度感じさせてくれた
たった一人でオーストラリアに渡り、身近に親しい人もいない。落ち込んでいるときの孤独は、いつもより大きく膨らんでしまう。
でも、ほんの小さな出来事が、かえって少しずつ Cherry の心に残っていった。見知らぬ人の「おはよう」の一言、ドアを開けてくれること、ふとした微笑み。他の人にとっては、ただの日常の礼儀かもしれない。でも当時の彼女にとっては、ひとつのメッセージのようだった。
この世界にはまだ、私がここにいることを見つめてくれる人がいるんだ、と。
それは大げさな救いではなかった。でも、自分を疑っている人が、自分はまだちゃんと存在していると、もう一度感じるには十分だった。彼女は少しずつ気づいていった。見つめてもらうというのは、必ずしも称賛されたり、認められたり、たくさんの人に好かれることではない。ときには、誰かがある瞬間に立ち止まって、あなたの存在を認めてくれる、それだけのことなのだ。
彼女はこうした小さなやさしさに受け止めてもらった。だから後になって、自分が一番よく知っている方法で、この感覚を誰かに返したいと思うようになった。
こうして、彼女は絵を描くことを選んだ。

最初の一枚を、手渡す勇気が出るまで4時間待った
初めて街で見知らぬ人に絵を手渡すまで、Cherry は実はとても怖かった。
その日、彼女は一人の客室乗務員を描いた。けれど、勇気を振り絞って前に進み出るまで、4時間も待った。相手に変な人だと思われるのが怖かったし、この想いが受け止めてもらえないことも怖かった。
でも結果は、彼女が想像していたような気まずいものではなかった。
その客室乗務員は絵を受け取るととても喜んでくれて、機内食や手書きのカードまでお返しにくれた。どうお礼をすればいいかわからないと言い、これからも続けてほしいと励ましてくれた。
その瞬間、Cherry はようやく本当に理解した。それはただの一枚の紙ではない、と。
それは見つめてもらえたという想いであり、一人の人が、もう一人の人に歩み寄ろうとした証だった。あの出来事のあと、彼女は信じ始めた。絵を描くことは自分の趣味というだけでなく、誰かをもう一度見つめる、そんな方法にもなれるのだと。

彼女は街の中で、少しの光を必要としている人を探し始めた
その後も Cherry は、街角や地下鉄の駅、市場やレストランのそばで、見知らぬ人を描き続けた。
彼女がとくによく描いたのは、立ち仕事をしていて、表情がどこか麻痺しているように見える人たちだった。チラシを配っている人のときもあれば、忙しく働く店員のとき、笑顔のない人のときもあった。こうした人たちは、必ずしも目立つわけではない。けれど、街にいちばん見過ごされやすい人たちでもある。
あるとき、彼女は香港チムサーチョイで、チラシを配っている一人のおばさんを描いた。相手は少し厳しそうに見えて、遠くから描いている Cherry も、実は少し怖かった。でも絵を差し出すと、おばさんは急に目をうるませ、やさしくこう言った。「ありがとう、私、こういう温かさがすごく必要だったの。」
その落差に、Cherry はとても心を揺さぶられた。
とても硬く見える人でも、慰めを必要としていないわけではないのだ。多くの人はただ、踏ん張ることに慣れてしまい、無表情でいることに慣れ、暮らしの中で見過ごされることに慣れているだけなのだ。
そして一枚の絵は、ときに、その人にふと思い出させることがある。自分は透明な存在なんかじゃない、と。
こうした出会いの中からも、Cherry は少しずつ確かめていった。自分がやりたいのは、ただきれいに描くことではなく、人がいちばん無防備になっている瞬間に、創作を通してひとつのやさしさを差し出すことなのだ、と。

Cute Soulz は誰かを慰めるだけでなく、彼女自身も慰めている
Cute Soulz がずっと伝えてきた「You are Seen & Loved」。それは実は、Cherry が5年前の自分に言いたかった言葉だ。
彼女はあの、自分は失敗者で、価値がなくて、愛される値打ちなんてないと思っていた自分に、こう伝えたかった。あなたは見つめられているよ。あなたの努力も、感情も、注いできたものも、意味がなかったわけじゃない、と。
ストリートスケッチは、一瞬のうちに起こる。彼女が絵を差し出し、相手が受け取り、そしてお互いにそれぞれの暮らしへ戻っていく。そのつながりはとても短いけれど、とても本物だ。やがて Cherry は、この感覚がもう少し長くとどまってほしいと願うようになった。持ち帰ってもらえて、そして誰かが落ち込んだときに、自分を忘れないでいてと、もう一度思い出させてくれるように。
こうして、Cute Soulz は少しずつ生まれていった。
見知らぬ人に描きながら、彼女は実は自分自身も癒していた。相手が笑うたびに、誰かが彼女の絵によって理解されたと感じるたびに、彼女の心もふっと灯がともるようだった。彼女はその感覚を、心の中の小さなひまわりが、もう一度光を放つようだと表現する。
与えることは、一方通行ではなかったのだ。
彼女が温かさを差し出すと、その温かさもまた、彼女とともに家へ帰ってくる。

小さなひまわりは、誰の中にもいる内なる子どもを表している
Cute Soulz の誕生は、Cherry の内なる子どもへの理解から生まれた。
彼女はかつて心理学を独学し、多くの傷や感情、無意識が、内なる子どもと結びついていることに気づき始めた。本当に癒そうとするなら、表面だけを扱うのではなく、もっと深いところまで戻り、かつて傷ついて、見過ごされて、それでもずっとそこにいる存在を、もう一度抱きしめてあげなければならない。
そしてひまわりは、彼女のお母さんが好きな花から来ている。
黄色くて、明るくて、前向きなエネルギーがあって、暗闇の中の一点の光のよう。だから彼女は、内なる子どもをこの小さなひまわりと結びつけ、ひとつの癒しの象徴にした。
Cute Soulz は可愛らしく見える。でも、可愛さがゴールではない。Cherry がもっと願っているのは、みんながそれを見たとき、自分の心の中にも、大切に世話をしてあげる必要のある子どもがいることを思い出してくれること。その子はかつて傷ついたことがあるかもしれないし、自分は十分じゃないと思っていたかもしれない。それでもその子は、抱きしめられる値打ちがあるのだ。

街からレストランへ、慰めが立ち止まれる場所をつくる
今回、Cute Soulz は香港コーズウェイベイの Wooo Coffee の中に足を踏み入れた。
Cherry がはじめてその空間に入ったとき、とても癒される雰囲気を感じた。小声でおしゃべりする人がいて、ペットがいて、子どももいて、場所全体に温かな暮らしの気配があった。その後、彼女は店主と話すようになり、それが今回のコラボにつながった。
レストランでは期間限定の「Cute Soulz コーヒー」が登場する。コーヒーの上には Cute Soulz のラテアートがあり、コースターには「あなたは愛され、見つめられている」というメッセージが書かれ、壁にはキーホルダーや作品も飾られる。
そうした細部は、大きな声で主張する必要はない。それでも、お客さんがコーヒーを飲んだり、ひと休みしたり、一人で過ごしたり、友達とおしゃべりしているときに、少しずつ見つけてもらえる。
Cherry にとって、これはただのブランドコラボではない。
以前、彼女は街で見知らぬ人に絵を渡していたけれど、多くの場合、渡し終えたらそのまま立ち去っていて、深く語り合う機会があるとは限らなかった。その慰めは直接的だけれど、一瞬のものでもあった。今回、彼女はレストランという空間を通して、Cute Soulz を、ふいに現れる一枚の絵で終わらせず、感じられて、とどまれて、そして持ち帰ることさえできる、そんな体験にしたいと願っている。
一枚のストリートスケッチから、一杯の Cute Soulz コーヒーへ。かたちは変わったけれど、メッセージは変わっていない。
彼女は今も、慌ただしい街のリズムの中に、ほんの小さな場所を残したいと思っている。自分はまだ、見つめてもらう値打ちがあるのだと、人が思い出せるように。

やさしさの裏にも、見えにくい苦労がある
Cute Soulz はやさしくて、可愛くて、癒される。でも、ブランドを営むこと自体は、いつも癒しに満ちているわけではない。
Cherry は率直に語る。若いうちからブランドを始めて、経験が足りず、ときには軽く見られることもあったし、いいように利用された経験もあった。Cute Soulz がだんだん多くの人に知られていくと、外からの意見や社会のプレッシャー、ビジネス上の選択が、自分にこの「You are Seen & Loved」という言葉を背負えるのかと、疑わせることもあった。
彼女も心配しなかったわけではない。ひとつの想いが、商品やコラボ、ブランドになったとき、それが少しずつ商業化に薄められていってしまわないか、と。
でも、彼女自身がかつてこの言葉をあれほど必要としていたからこそ、Cute Soulz がただの可愛い商品であってはならないと、いっそうよくわかっている。本当に大切なのは、このブランドが最初のあの真心を、これからも残していけるかどうかなのだ。
その愛が心から湧き出るものであるかぎり、自分はまだ正しい方向にいる、と彼女はわかっている。

かつて自分が必要としていた言葉を、もっと多くの人へ
信仰もまた、Cherry が今日まで歩んでこられた大切な土台だ。
オーストラリアでいちばん落ち込んでいたとき、彼女は教会でとても深い愛を感じ、心が急に静かに落ち着いた。その経験が、人の価値を彼女に理解し直させてくれた。それは社会の基準や学歴、成績や成し遂げたことで決まるのではなく、もっと深いところ、内面から来るものなのだ、と。
この確信が、後に Cute Soulz が伝えたい核心になっていった。
香港のようなリズムの速い街では、多くの人が道を急ぎ、勉強し、働き、暮らしをやりくりしている。立ち止まって自分にこう問いかける余裕は、ほとんどない。私はほんとうは疲れていないだろうか。自分の心を、ちゃんと大切にできているだろうか、と。
Cherry は、Cute Soulz が、小さいけれど本物のリマインダーになれることを願っている。
あなたはもう、十分よくやっている。
ときには、少し立ち止まって、自分を抱きしめて、自分に「お疲れさま」と言ってあげていい。

主役になるとは、自分もまた、愛され、見つめられる値打ちがあると信じること
もし、街で見知らぬ人を描き始めたばかりの自分に一言かけられるなら、Cherry はこう言いたい。「自分を疑わないで。」
なぜなら、その頃の彼女は、まだ知らなかったかもしれないから。自分が差し出しているのは、ただの一枚の絵ではなく、彼女がかつて何より必要としていた、ひとつの確かめだったということを。そして、あんなに小さく見えたやさしさが、後になって少しずつ、ひとつのキャラクターに、ひとつのブランドに、一杯のコーヒーに育っていき、多くの人の心の中のリマインダーにもなっていくことを。
Cherry にとって、自分の人生の主役になるとは、たくさんの拍手をもらうことでも、ついに世間に認められる姿になれることでもない。かつて自分は愛される値打ちがないと感じていたときにも、それでも自分の価値をもう一度見つめようとすること。かつて絵を描くことに未来なんてないと疑っていたときにも、それでも創作を通して、世界にやさしさを手渡す道を選ぶことなのだ。
彼女はかつて、誰かにこう言ってほしくてたまらなかった。あなたは愛されているし、見つめられているよ、と。
後になって、彼女はこの言葉を見知らぬ人に描き、Cute Soulz に溶け込ませ、一杯のコーヒーのそばにも残した。差し出したそのやさしさが、少しずつ、彼女自身をも連れ戻してくれた。
これは、ただ温かさを誰かに贈るだけの物語ではない。
一人の人が少しずつ気づいていく物語だ。かつて自分が何より必要としていたあの慰めが、誰かを受け止める力にもなれるのだと。
もし今、誰にも見つめてもらえない、愛される値打ちがない、と感じている人がいるなら、Cherry は Cute Soulz を通してこう伝えたい。あなたの価値は、外の世界が決めるものではない。あなたが大したことないと思っているそのやさしさや、勇気や、強さは、実はずっとそこにあったのだ、と。
きっとあなたは、あまりに長いあいだ、自分のことを振り返っていなかっただけ。
きっとあなたの心の中のあの小さなひまわりは、本当は一度も、消えてなんかいなかったのだ。
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