やさしさを一杯のコーヒーに込めて:Wooo Coffee × Cute Soulz 香港限定コラボ






Credit: @wooo_coffee
要約
- •香港・銅鑼湾のWooo CoffeeとCute Soulzが7月限定コラボを開催。「あなたは愛され、見られている」をコーヒーと店内のディテールに込める
- •店主のCherry Shekは茶餐廳(チャーチャンテン、香港式食堂)からカフェへ転身し、ひとりで店を切り盛りする。小さな空間で創作を受け止め、急ぎ足の人々も受け止めたいと願う
- •やさしさは声高である必要はない。ときにはただの一杯のコーヒーが、人をまずそっと落ち着かせてくれる
やさしさのなかには、すぐに元気になることを求めないものがある。ドアを押して入ってきたとき、先に椅子を引いておいてくれる。肩に載せてきたものを、しばらく下ろせるように。
香港・銅鑼湾(コーズウェイベイ)で始まったWooo CoffeeとCute Soulzの限定コラボが試みているのは、おそらくそういうことだ。カップには小さなひまわりがひとつ、コースターには「あなたは愛され、見られている」の一言。物語をあらかじめ読み解く必要はない。うつむいて最初の一口を飲んだ瞬間、心がそっと支えられている——そんな感覚が、ふいに訪れる。

やさしさは、カップに注げるものだった
この街は、あまりに速く進む。電車に急ぎ、仕事に追われ、次の返信に駆り立てられる。コーヒー一杯でさえ、立ったまま片づけるべきもののように思えてくる。多くの人は休みたくないのではない。ゆっくり座ることを、長いあいだ許されてこなかっただけだ。だからこそ、やさしさが一杯のコーヒーの姿で現れるとき、それはひときわ胸を打つ。頑張れとは言わない。気持ちを打ち明けろとも言わない。ただ静かにテーブルの上にいて、気づかれるのを待っている——ドアを開けて入ってきた見知らぬ人に、あなたは愛され、見られているのだと告げようとする誰かが、ここにいることを。
Wooo Coffeeの店主はCherry Shekという。2018年から同じ場所で店を続け、途中で茶餐廳(チャーチャンテン、香港式食堂)からカフェへと姿を変え、いまはひとりで経営を担う。店内には、かつての内装の痕跡が少し残っている。その痕跡は声高ではないが、この店が話題づくりのために突然現れたのではなく、ごく日常的な暮らしのなかにずっと根を張ってきたことを教えてくれる。彼女はかねてから、もう少し先のことをやりたいと思っていた。コーヒーとパスタを売るだけでなく、地元のイラストレーターやデザイナー、小さなブランドが、より多くの人に見てもらえる場をつくりたい。小さな店の席数は限られている。それでも、毎日誰かがドアを押して入ってくるのなら、ここはとてもやさしい出会いの場になれる。
やがて彼女は、Cute SoulzのクリエイターであるCherry Yeung(楊灝澄)の存在に目を留めた。街の見知らぬ人々にあたたかさを届け続けるその活動に心を動かされ、Cherry Shekは自ら連絡を取り、その想いを店へ迎え入れた。近くで働く人も、たまたま通りかかった近所の人も、店に入って何かを口にし、コーヒーを飲み、ひと息つく。それが自分を充電するような時間になって、また街へ戻っていけたら——そう彼女は願っている。小さな店にできることは、もともと多くない。それでも、限られた席の一部をやさしさに分け与えられるなら、それだけで十分だ。

街頭からカフェへ
Cute Soulzが伝え続けてきた言葉は、You are Seen and Loved。かつてそれは、見知らぬ人に手渡される一枚の絵であり、勇気を振り絞ってようやく差し出せる想いだった。いまその言葉はカフェに住みつき、ゆっくり飲み干せる一杯になり、急いで立ち去らなくてもいい時間になった。形は変わっても、核にあるものは変わらない。
多くの人にとって、「見られる」とは舞台の中央に立つことではない。それはむしろ、誰かがそっと認めてくれることに近い——あなたはここにいる。あなたの努力も、疲れも、口に出さずに堪えてきたものも、決して透明ではないのだと。だから今回のコラボが胸を打つのは、見た目の愛らしさだけではない。スローガンに流れてしまいがちな一言を、もっとも日常的な現場へ戻したことにある。注文はやはりしなければならないし、時計も見るし、生活は続いていく。やさしさは現実を打ち消さない。ただ現実のまんなかに、少しだけ隙間を残してくれる。
関連記事:街頭の似顔絵から一杯のコーヒーへ:楊灝澄が「愛され、見られること」を見知らぬ人に届ける物語

受け止められた人は、誰かを受け止めたくなる
実のところ、店主のCherry Shek自身も、かつてしっかりと受け止められた経験がある。ひとりで店を切り盛りする日々は、とりわけ苦しい時期には、その重圧が生々しい。あるとき、沙田(シャティン)でカフェを営む人物が、彼女のインタビューを読み、Instagramで自ら連絡をくれた。その人は無償で店づくりを教えてくれた。メニューに寄り添い、料理の質を確かめ、彼女とスタッフのコミュニケーションを支え、収支の見通しも整理してくれた。それでいて、一銭も受け取らなかった。
こうしてやさしさは、ここでとても静かで、とても本物の一本の線になる。誰かがまず手を差し伸べて店主を受け止め、店主は空間をクリエイターに開き、クリエイターは「見られること」をより多くの見知らぬ人へ手渡そうとし続ける。華やかなスローガンではない。多くの人が心のなかでは分かっていながら、きちんと書き留められることの少ない事柄に近い——自分に余裕がないときでも、なお少しの光を分け与えようとすること。「見られない」という感覚を知りすぎているからこそ、あとから来る人の孤独を、少しでも減らしたいのかもしれない。

パスタまでもが、同じ一言を語っている
やさしさがコースターの上にとどまるだけなら、まだ少し軽いかもしれない。Wooo Coffeeが今回用意した新作パスタは、同じ想いを、より具体的な場所へと練り込んだかのようだ。
「バイエルン風チーズミートソースのオレキエッテ」は、まずソースの土台から煮込む。セロリ、にんじん、玉ねぎに、フレッシュトマト。牛肉と豚肉をともにじっくり煮込み、赤ワインとスパイスを加えて、少なくとも5時間。オレキエッテを選んだのは、その弾力ゆえだ。ひとつひとつのくぼみに、ミートソースをしっかり抱え込む。噛みしめたとき、口のなかに広がるのは味だけではない。時間そのものだ。もう一皿は「D24ドリアンと燻製豚バラのカルボナーラ、カリカリのパルマハム添え」。ドリアンのほろ苦い甘さ、黒胡椒の卵ソース、燻製肉の塩気が、幾層にも重なっていく。もっとも伝統的なカルボナーラの姿ではないかもしれない。だが、とても正直だ。ここには香港人自身の食欲があり、好きな一口のために手間を惜しまない人がいる。
この皿を生み出す手は、店の洋食シェフ、阿龍(アロン)のものだ。この道10年。学校での勉強は長くなかったが、学ぶことをやめたことはない。仕事の合間に本を読み、料理チャンネルを観て、学びを生活のなかに置き続けてきた。食材にこだわり、ソースは自家製を貫き、異なる料理への挑戦や伝統を崩すことも恐れない。街の多くのレストランがスピードのために加工品や作り置きを選ぶなかで、アロンはいまも手仕事の料理を信じている。時間をかけてこそ、細部は仕上がる。店が香港初とうたうあのD24ドリアンのカルボナーラは、その執念が試行錯誤の末にたどり着いた一皿だ。
コースターの言葉が受け止めるのは、心。皿の上のパスタが受け止めるのは、手。ふたつが出会ってはじめて、「あなたは受け止められている」という一言は、完全なものになる。

コーヒーを飲みに来ただけなのに、そっと覚えられている
結局のところ、ただコーヒーを飲みに来るだけでいい。感動する必要はないし、写真を撮る必要も、気持ちを誰かに話す必要もない。「あなたは愛され、見られている」という言葉を本気で受け取ってもいいし、コースターに添えられた一行にすぎないと流してもいい。選ぶのはあなただ。けれど、もしある日、たまたま歩き疲れて、たまたま誰かにそっと一言かけてほしくなったなら、この小さな店に入って、自分に数十分を与えてみてもいいかもしれない。コーヒーを一杯頼み、何かを少し食べて、肩の力を抜く。
やさしさは声高である必要はない。ときにはただ、一杯のコーヒーのなかに込められて、受け取ってもらえる日を待っている。そして受け取ったその瞬間こそが、再び歩き出す前の、いちばん軽くて、いちばんあたたかい始まりになる。





